画|着色改竄

フォトショップ / Adobe Photoshop のニューラルカラーフィルターを使った 戦争下で撮られた写真を改竄する作業 /
制作時期 2023 /

改竄

 記録において「存在しないもの」を後から付け加え変更することを改竄といいます。
 帳簿に100円と書いてあるところに後日数字に0を1つ付け替えることの意味を考えるまでもなく改竄なのです。
 歴史や記録の書の中にその当時行われなかった行為を、後日あたかも行われたように書いてしまえばそれは改竄である。改竄は特に「記録」と「歴史」の世界では可能な限りやってしまわないように気をつけなければならない行為でしょう。
 最近、昔の白黒写真に着色作業をする人がいくらかいるように思います。本人は善意でやっていることが多いのかもしれません。しかし後世にその白黒写真時代になかった色または色を出す物質というものを写真の中に組み込んでしまえば、それは紛れもなく後世の時代に引き渡した記録の改竄となり「嘘」となるのでありましょう。

原子爆弾投下

 1945年8月6日 午前8時15分、アメリカ軍が日本の都市に対して原子爆弾「リトルボーイ」を人類初の実践使用として多くの人が住む街に投下しました。

 その爆破直後にできた有名なキノコ雲の写真ですが、実際には白黒写真で撮られていました。私はこのように「ややふざけて」着色しました。それは無論実在しない色です。

 では、実在した色に似ているとする十分な根拠があった場合、その色は「正当な色」として存在できるのでしょうか。たとえ資料を集め最も正確と思われる色を使ったところで改竄には違いないのです。なぜならばその「色」が存在したのは「1945年」のことであって、21世紀の現在ではないからです。

資料 TwitterX

渡邉英徳教授の仕事

 渡邉教授の作業は一般に知られる少し前からみていて、最初の頃は色々な白黒写真をカラー化していたように思います。その頃は和やかにカラー化した写真をみていたのですが、戦争をテーマとし始めてからは状況が変わったように思います。

 戦争の記録写真とは人類の行いの記録です。そこに存在しない色を加えて現実感を持たせようとの試みのように感じます。教授が目指しているのはカラー写真の魔術的制作ではないのかもしれません。

 2011年に発災した東日本大震災の被害がだいぶ落ち着いてきた頃、各地で津波以前の街全体の箱庭を作り、そこに住んでいた人の名前やお店の名前が書かれたピンを箱庭の地図上に置き、その箱庭をもとに以前住んでいた町の記憶を取り戻す作業が行われていました。その箱庭と渡邉教授の着色写真は同じ分類のものなのかもしれません。

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広島原爆投下から75年。AIでカラー化された赤いキノコ雲の写真に胸が締め付けられる | ハフポスト NEWS

広島原爆投下から75年。AIでカラー化された赤いキノコ雲の写真に胸が締め付けられる
「広島原爆の日」の8月6日、東大大学院の渡邉英徳教授が投稿。『この世界の片隅に』の片渕須直監督の指摘を参考にしたそうです。

戦時の白黒写真をAIでカラー化:広島出身の大学生と東大教授が挑む「記憶の解凍」 | nippon.com

戦時の白黒写真をAIでカラー化:広島出身の大学生と東大教授が挑む「記憶の解凍」
2020年7月に出版された『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社新書)が、戦争をテーマにした写真集としては異例の発行部数6万部を超すベストセラーとなっている。広島市出身で東京大学学生の庭田杏珠さんと東京大学大学院教授の渡邉英徳さんの共同制作。戦前の広島や沖縄などの様子、開戦から太平洋戦線、沖縄戦、空襲、原爆投下、終戦を撮影した計355枚の白黒写真を、AI(人工知能)で自動カラー化したのち、写真提供者との対話や資料、SNSで寄せられた考証を踏まえ、色補正して収.....

渡邉英徳 wtnv(@hwtnv)さん / TwitterX
https://twitter.com/hwtnv

画像資料

広島市への原子爆弾投下 – Wikipedia

広島市への原子爆弾投下 - Wikipedia

奥付

初版 2023.12.10 最初に広島のキノコ雲を着色する。渡邉英徳教授関連の文を書く。

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